Off Course Concert 1985 The Best Year of My Life(1985.9.24日本武道館)

My Life

夢にまでみたオフコースのコンサート。30年以上前のできごとですが、自分の人生のなかで初めて小田和正を観た日ということで、かなり鮮明に記憶している部分も多い。当時の走り書きのメモと記憶を合わせて、臨場感のある風景をお伝えしたいと思います。

ツアーパンフレットより

1985年9月24日、地下鉄東西線九段下駅から日本武道館へ続く道は、3年ぶりに行われるオフコースコンサートへの期待を胸にした人たちの波が長く続き、「チケットない人あるよ。チケットある人買うよ。」とダフ屋が声を掛けてくる中、僕らも人の波にのり田安門そして櫓門をくぐり、日本武道館へ向かった。

僕らの席はアリーナBブロックの最前列。舞台を見てかなり左手のほうになるが、初めてのコンサートで最前列とはほんとうに幸運だ。

実は、チケット発売日に東京へ買いに来たのだが、既に長い行列でこれから並んでもチケットは買えませんと、係員がハンドスピーカーで繰り返し話している。地元でのコンサートも朝から買いにいってだめだったし、今回もだめかとトボトボ歩いていたとき、同じくらいの歳の男子ふたりと目があった。そこで自分でも驚きの言葉が・・・。

「すみません・・・。チケットふたりぶん空いてたりしますか?」

「あー、大丈夫ですよ。」

彼らには、チケットを買ったあと御礼として、近くのマクドナルドで昼食をごちそうした。ほんとうにたまたま声を掛けたひとに、一緒の列に入れてもらえて、チケットを確保できたという、幸運以外の何物でもない出来事があった。いま考えればズルなのかも知れませんが、30年以上前の成人前の話なのでご容赦ください。

実際のチケット画像

場内の照明がすぅーっと落ちて、オープニングのBGMに変わる。

大間ジローがスネアとバスドラムをタタタン、ドンドンドンドンと叩いて音出しをする。黒い緞帳にスポットライトがあたる。BGMをさえぎって大間ジローのドラムスティックが2回鳴りシンセドラムの音からイントロが始まる。

ギターの音とともに緞帳が左右に開いて、松尾一彦がギターを弾きながら登場する。

緞帳左手を目で追うと、ほどなくして憧れの人が現れた。

YAMAHA DX-1とCP-80そしてprofit-5と3台のキーボードに囲まれた、小田和正だ。

これから 何処かで 私を抱いて もう帰らない あのひと・・・

恋びとたちのように(作詞・作曲 小田和正)

アルバム”The Best Year of My Life”1曲目の、「恋びとたちのように」だ。

小田和正の創り出す歌詞は、鈴木康博との別れや後悔などの人間関係を、ラブソングに織り交ぜて歌っているものが多いように思われる。

また、歌われる「愛」は「オフコース」と読み替えると合点がいく歌詞も多い。

4人のオフコース最初のアルバムの1曲目であるこの歌は、こんなふうに歌っている。

”このまま別れるのは哀しすぎるから、心が晴れるまでここに居てみないか”

”もう一度信じてみない 愛はいつでも始まる”

”もう戻れない、この愛も。”

恋びとたちのように(作詞・作曲 小田和正)

もう終わったはずの5人のオフコースへの未練、終わってしまった5人のオフコースへの諦めが歌詞の合い間に見えてくる。鈴木康博を失って4人で続けていくことに、周囲の雑音も大きかったのだろう。

”誰にわかる?”

”誰が責める?”

恋びとたちのように(作詞・作曲 小田和正)

と反論している。

こんなふうに4人のオフコースは、アルバムそしてコンサート1曲目に、未練や後悔の念を歌ったこの曲から始まった。

2曲目は松尾一彦の歌う「LAST NIGHT」。こちらもシンセドラムのイントロではじまり、サポートメンバーの西平彰のシンセサイザーがダイナミックに重なる、いままでのオフコースとはひと味違った曲だ。

3曲目は「愛を止めないで」。ここで5人時代と同じように、CP-80(エレクトリックピアノ)を弾くため、観客から見て横向きに座る。次のツアーからはKX-88を中心に弾くようになったため、5人時代のようにCP-80を弾くのはこのツアーが最後になった。

YAMAHA CP-80(YAMAHA HPより)

3曲終わったところで小田和正のMCがはいる。

「どうもありがとう、こんばんは、オフコースです。」
「武道館でのコンサートも今日から後半戦。前半は僕らにとっても満足のいくコンサートだったので、後半戦より前半戦のほうが良かったとか余計なことを言われないように、今日もがんばって楽しくやっていきたいと思います。」
「もし歌いたい曲があったら一緒に歌って、最後まで楽しんでください。」

シンセドラムからイントロが始まり、そこに小田和正のYAMAHA DX-1のエレピ音のメロディーが重なる。4曲目は「夏の日」

YAMAHA DX-1(YAMAHA HPより)

オフコースを4人で続けていくことを迷っているようにも思える歌詞が意味深である。

時よそっと流れて  時よ愛を試さないで                      いつも愛は揺れてるから

夏の日(作詞・作曲 小田和正)

続けて5曲目は「哀しいくらい」。そのままDX-1を弾きながら歌われる。前回のOVERツアーの時よりも幾分軽いタッチで、また半音下げて歌われた。

「どうもありがとう」
「今回3年ぶりにツアーをやって、始まる前に不安とか楽しみとかいくつかあったんですが、初めてオフコースを生で見るひとは全体の何割くらいいるんだろうということになって。」
「このツアーで仙台に行ったときに、お客さんに拍手をもらって、初めてのひとと2回目以上のひとと、割合が分かったんですけども。」
「東京でも1回やっておきたいという、営業上のお願いがありまして(笑)」
「今回のツアーがオフコースを生で初めて見るというかたは、どれくらいいらっしゃいますか?」
(観客拍手)
「分かりました。では2回目以上の方です、が!、必要以上に強く叩かないように(笑)」 (観客拍手)
「だいたい仙台と同じような割合でした」
「それでは初めての方のためにメンバー紹介をします。」
「どこかでジュリー(沢田研二)が来ているようです。ま、大した話じゃないですが。
キーボードの西平彰です」
「僕らにとっては田舎があるというのは非常にうらやましい話なんですが・・・。
秋田出身のドラムスの大間ジローです」
「鏡の前に立つと、1時間でも2時間でも、あーでもないこーでもないとやっている。
同じく秋田出身のギターの松尾一彦です」
「これといって話はないんですけど、(清水仁に向けて)一言何かあいさつしますか?」
(清水仁)「こんばんは」
「大阪で生まれて大阪で育ちました、ベースの清水仁です。」
「えー、そして僕は何とこの武道館のツアーの中で誕生日を迎えさせていただきまして、いい思い出になりました。いよいよ40代の大台に乗りました。小田和正ですよろしく。」

長めのMCが終わり、西平彰のシンセサイザーからシンセパッドの音色がクレッシェンドし、清水仁のベースのスライドからイントロが始まる6曲目は「たそがれ」。夕暮れを模したオレンジやイエローの照明のなか、小田和正のボーカルに松尾一彦と清水仁のコーラスが重なる。

ステージが暗くなり、西平彰の右手はBマイナーのコードを押え、小田和正のボーカルが日本武道館に高く響き渡る。7曲目は「気をつけて」

「気をつけて」は、もしかしたら小田和正自身の自戒を込めた言葉なのかも知れない。あのときああしていれば、こうしていれば・・・、ヤス(鈴木康博)と今も続けていられたのかも知れないと。

求めて 求められて 同じ時を歩いていたはず

今はこうして君と 別れて生きている

いつかまた 会える時 君のままで会えるといいね

この歌が届く頃 僕もきっと歩き始めてる

気をつけて(作詞・作曲 小田和正)

歌そのものは、別れてしまった彼女への心情を歌ったラブソングだが、この歌詞の中の「君」は鈴木康博にほかならない。この歌が発表になることイコール、4人のオフコースとして再開したんだというメッセージを伝えたかったに違いない。また、今までの君で会いたいねという願いは、1982年の解散以来一度も実現していない。

真っ暗な空間の頭上から1本のスポットライトがあたり、小田和正が白く包まれる。 また違う角度のスポットライトが、彼の背中を淡く映す。透き通る歌声に1万人が聴き入る。このコンサートの白眉だろう。

小田和正が歌い終わって、CP-80からDX-1に向き直す。

シーケンサーに打ち込まれたリズムがイントロを刻み、そこにコーラスが重なる。

8曲目は「緑の日々」

2年後の次のツアーでも歌われ、ソロ活動に入ってからはリメイクもされた、ファンからも愛され小田和正自身も気に入っていると思われる名曲だが、この4年後の解散コンサートのオープニング曲になるとは、誰ひとりとして予想していなかっただろう。

9曲目「愛を切り裂いて」~10曲目「愛よりも」と、松尾一彦の楽曲が続く。

小田和正が歌うときの照明と違い、言うなればサイケデリック調の赤系統の照明が、舞台をあわただしく照らす。また、小田和正はキーボードに囲まれて動きが少ないが、ギターの松尾一彦は舞台を自由に歩き回り、静と動の対比が良いアクセントになっている。

「愛を切り裂いて」は、歌は松尾一彦だが作詞は小田和正である。松尾一彦の視線から見たオフコースを小田和正が歌詞にして代弁し、それを松尾一彦が歌っているのかも知れない。

「愛よりも」は、ビートルズフリークの松尾一彦がスローバラード風に作曲した、それでいてエレキギターやシンセサイザーの音色が響く個性的な曲である。作詞した大間ジローのドラムソロが途中で入り、華を添えてくれる。

続いて11曲目は「君が、嘘を、ついた」。4人になって最初にシングル発売された曲として認知されている。シンセドラムの連打からイントロが始まるこの曲は、オフコースらしくない曲と言われているが、エイトビートのアップテンポなリズムながら、少し翳りのある曲調なところが、新しいオフコースの象徴的な1曲として親しまれている。

ボーカルが松尾一彦に替わった12曲目は「ぜんまいじかけの嘘」。2曲目の「last night 」とともに、秋元康が作詞した曲だ。前曲よりさらにアップテンポになり、大間ジローの叩くスネアがうなる。リズムに合わせてライトが上から横から、ステージの5人を照らす。

西平彰がE♭M7のコードを押える。その音だけで観客は次の曲が何なのかを察する。大間ジローのスティックがカウントを刻み、前回ツアーのときは富樫要のフリューゲルホルンだったイントロがシンセサイザーで奏でられる。5人のオフコースの代表曲のひとつ「Yes-No」

前回1982年のツアーのときは、3台のSequential Circuits社製のProphet-5に囲まれ、Yes-Noのイントロ部分を自身で弾いていた。ポルタメントの効いた特徴的な旋律を弾いていたが、今回のツアーでは西平彰にそのパートを任せた。曲の終盤でサビを4回繰り返すところは、前回ツアーと同じであった。

エンディングは ”君を抱いていいの”をエフェクターでリフレインさせて、初めて生で聴いたYes-Noは終わった。

いよいよ終わりが近くなってきた。14曲目はコンサートに合わせて作ったという、 「夏から夏まで」。こちらも小田和正の創るものとしてはかなりアップテンポな曲だ。5人のオフコースの時ならば、鈴木康博が創りそうな楽曲である。

ステージは暗転し、DX-1に向かう小田和正に一筋のスポットライトがあたる。15曲目はアルバムの最後の曲として収録されている「ふたりで生きている」。アルバムの中ではオーケストラが演奏に絡んでくるが、コンサートではDX-1のみで演奏される。前回ツアーまで使っていた、Rhodes SUITCASEのエレピ音に似た音である。ひと通り歌うと、アルバムにはないサビ部分の繰り返しがあり、そのままエレピで終わる。

「また皆んなに会える日を楽しみにして居ます。」
「今日は本当にどうもありがとう。」

いよいよ最後の曲、15曲目は「YES-YES-YES」。令和になった今でもコンサートで歌われる、名実ともに伝統ある曲である。

青色の照明のなか、白いスポットライトが小田和正を照らす。DX-1を前にして歌っているが、右手はマイクスタンドを握っていて演奏はしていない。サビの部分のみ演奏をし、また2番からは手を放している。ステージの背景を黒く囲っていた黒幕が、2番のサビ前から開き始め、白いスクリーンが現れる。2回目のサビからは青い照明から白く透き通るような照明に変わり、メンバー全員を照らし出す。

レコード(当時はCDではない)の曲は後半に半音上がるが、コンサートではそのまま歌い終わり、エンディングの演奏中に転調する。F♯~G~A~Bときたところで全体の音が伸び、大間ジローのドラムが激しくうなる。1音下がり、Aの音で演奏がおわって、大間ジローがスネアとハイハットで締める。

「どうもありがとう」

小田和正の終わりを告げる言葉を合図に、会場にYES-YES-YESの録音テープが流される。メンバーがステージ中央に集まり、それぞれに握手をして観客へ向けてお辞儀をする。拍手の渦のなか、手を振りながらステージ左袖へ消えてゆき、コンサートは終わった。


いかがだったでしょうか?

今回のこの記事は、当時の記憶や走り書きを基に、使用機材・MC・照明・曲のコードなど出来る限り忠実に仕上げてみました。特に「気をつけて」の照明の場面は、今でもはっきりと覚えています。

チケットの実券とは別に、メモリアルチケットも配られていた。

とはいえ、30数年前のできごとです。覚えていない部分があることも確かですので、現代の文明の利器であるyoutubeを利用し、このツアーの映像が検索できたものについては参考にさせていただきました。あとは自分なりの想像を脚色して書きましたが、大筋では合っていると思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

【追記】

■歌詞の引用については著作権法32条に基づき、法律で定められた利用方法を遵守して掲載しております。

■画像については、キャプションのあるものについてはそのHPが出どころとなり、無表示のものについては、「PhotoAC」の無料画像および「写真素材足成」の無料画像から引用いたしましたまた、画像は全てイメージです。

■敬称略

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おさむらい
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JALときどきANA、時によりUAのマイルを貯めている陸マイラーです。目線を低くして、初心者の方や主婦の方など、誰れにでも優しく簡単にマイルを貯められるような情報提供を目指しています。旅行会社勤務ですが、添乗ではマイル加算運賃で乗れる筈もなく、もっぱらクレジットカードやポイントサイトでマイルを稼いでいます。旅行業界の裏話や、My Lifeのカテゴリーでは自分の好きなものを記事にしています。よかったなと思っていただける記事がありましたら、ぜひお友達にもご紹介ください。

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